映像教育
映像教育
川崎の小学校で
今年も川崎の公立小学校で5年生に映像制作の授業をさせてもらった。長いところは約半年間、短いところで3日間、計7校。
今年で3年目だが、いつもながら彼らの発想力には頭が下がる。「やりたい!」と思ったらそれを実現するために突き進む。僕は彼らに自由に考えて良いこと、想像するのに制限がないこと、物は絵で描いて表現しても良いことを伝え(コレでUFOでも電車でも登場させられる!)、制作途中で彼らが疑問に思ったり、技術的にわからない所をサポートする。
例えば、A地点からB地点に役者が移動する。監督の子は時間軸を考えてAからBまでの役者の動きをすべて撮ろうとする。当然、撮影時間はなくなっていく。僕も彼女に当然、「おかしくないよ、テレビでもよくあるでしょ? A地点に行くまでも撮らないといけなくなるよ」アドバイス。助監督の子や役者、カメラの子らはA地点のあとでB地点に移動したことにしてB地点で撮影することを提案するが監督は納得せず泣き出してしまった・・・でも彼女はひとしきり泣いた後、勇気を振り絞ってB地点で撮影をはじめた。
実は僕も同じ体験がある。高校生の時、8ミリで撮影してずっと俳優の動きを追う。時間があったからよかったが、撮影していると、どうしても納得できず撮ってしまう。あとで編集の時になってやっと「なげぇー」と思って切るのだが。
彼らに教えることは自分のために間違いなくなっていると思った。初めて撮影した時のドキドキ感、こう撮るんだ!という気合を思い出させてくれるから。
東北
東北 
被災地へ
3泊4日で仙台市・名取市・多賀城市・石巻市・女川町・いわき市に行ってきた。理由は、復興支援の企画を立てるために現地の声を聞きたいと思ったから。いわき市では以前、撮影でお世話になった市の職員の方に市内を案内していただいた。
沿岸地域は壊滅という言葉がぴったりで、あまりに続く破壊の爪跡に、目が慣れてしまうぐらいだった、と同時に10キロも離れた市街地は、ほとんど外観の被害は見当たらない。このギャップが怖いくらいだった。
現地の被災者、職員、家族をなくした人々からニュースでは報道されない様々な話を聞いた。人間の悪い所、良い所も聞いた。生真面目な日本人らしく、ある意味システマティックにまとまっているボランティア施設、避難所、こうしたほうが効率はよいのはわかっていても人間らしさを薄めている印象を受けた。
いずれこの思いを表現してみよう。
被災地でクリエイティブな仕事をしていた人々の助けになることができればよいのだが。





